誠実な彼の前では、ピュアピュアな処女を演じたい。

専門学生時代、
わたしは風俗嬢だった。

学費を稼ぐためだとか、
借金を返すためだとか、
そんな真っ当な理由が
あったわけではない。

時間はあるけれどお金がない
という学生あるあるの
もどかしさに耐えきれず、
嫌なら辞めればいいと思って
なんとなく風俗を始めた。

仕事は世間のイメージほど
苦じゃなかったし、
お金を気にせず好きな服が買えて
海外旅行にも行けるのなら、
当時のわたしの感覚では
”全然あり”だった。

本来の自分のまま接客するのではなく、
お客さまが理想とする女の子なりきる。

大人しめで控えめな
少し気弱でピュアなイメージの
女の子を徹底して演じることで、
店でも人気の風俗嬢となった。


就職するタイミングで
風俗嬢を引退して1年が経った頃。
高校生ぶりに恋人ができた。

付き合い始めは毎日が楽しくて、
それはそれは幸せだった。
大人の恋人同士だから、
いつかはセックスもするんだろうな
と期待していたけれど、
漠然とした不安も抱えていた。

なぜならわたしは、処女だったから。

しばらくプライベートで
色恋沙汰がなかったわたしは、
風俗嬢をしながらも
処女を守り抜いていた。

そうして出来上がったのが、
”経験豊富な処女”という、
なんともアンバランスな女の子。

ちなみに彼はというと、
絵に描いたような誠実な人だった。
”付き合った人数=経験人数”
の彼に、風俗嬢をしていたことを
カミングアウトする気はない。

そうなると、だ。
彼の前では徹底して
”ピュアピュアな処女”を
演じなければならない。

昔は通用した初々しい演技が、
果たして彼に通じるのだろうか。
何かの拍子で過去の経歴が
バレてしまうのではないか。
そんな心配がわたしの
頭のなかを駆け巡った。


付き合い始めてから
1ヶ月くらい経った頃だろうか。
彼と過ごす、初めての夜。
ついにこの時が来てしまった。

ドキドキしている様子の
わたしを見て、純粋な彼は
「初めてだから
緊張しているんだろうな。」
と思うのかもしれない。

ドキドキはしているけれど、
このドキドキは彼が期待するような
初々しいものでは決してなく、
焦りから来るザワザワしたもの。

とはいえ、初々しい演技なんて
これまで何百回とやってきたではないか。
できる、できるぞ、わたし。


「きっと恥ずかしいだろうから。」
と部屋の照明を落として、
まるで花びらを扱うかのように
服を一枚一枚丁寧に脱がせてくれる彼。

かつて何度も経験した
服を脱ぐシーンだけれど、
今日はなんとなく彼の指の動きを
まじまじと目で追っていた。
いつもは気にも留めなかったのに。

お店に来るほとんどのお客さまが
わたしを性的欲求のままに扱った。
服を脱がせるときだってそう。
いち早くわたしの体を見たいと思って、
鼻息を荒くしてさっさとボタンを外す。

恥じらいがあるような演技をすれば
それなりに喜んでくれたから、
男なんてそういうものだと思っていた。
目に見えるものだけを信じて喜んで
滑稽だなぁって。

でも、彼に対してそうは思わない。
むしろわたしに対しての愛情が
彼の目線や指先から感じられて、
少しくすぐったいような、
少し照れてしまうような、
そんな気持ちでいっぱいになった。

目に見えないわたしの心を
見ようとしてくれている彼の前では、
元風俗嬢のわたしではなく、
ふつうの女の子でいられたのだ。

え、待って。
頑張って演技しなくても、
ちゃんとドキドキできてるじゃん。
初々しいわたしになれてるじゃん。

今の自分の心情に、
誰よりも自分が驚いてしまった。
まさかこんな気持ちになるなんて。


彼とつながった瞬間は痛かったけれど、
そんなの気にもならないくらい
彼との時間はわたしの心を満たした。

かつては「早く終われ」と思っていた
裸の人間同士の交わりが、
苦にならない世界線があるなんて。
風俗に来るお客さまと関わって、
男のすべてを知った気になっていた
自分を少し恥じた。


過去の経歴に罪悪感がないわけではない。
だからと言って騙しているつもりもない。

ただ、これからのわたしは絶対に
彼を悲しませるようなことはしない。

彼から与えられる愛情を失うことを
考えるだけで不安で眠れなくなるほど、
わたしを満たしてくれる彼の存在は
偉大で、尊くて、大切だと思ったから。

だからこそ、改めて心に誓った。
わたしが風俗嬢をしていた事実だけは
何としてでも墓場までもっていく、
ということを。